「地理的な見方・考え方」とSDGs
広島大学大学院教授 淺野 敏久
SDGsの学習と「地理的な見方・考え方」
「社会的事象の地理的な見方・考え方」が求められる場面は,もちろん新型コロナウイルス問題に限らない。地球的な課題とされる貧困問題,人口問題,食料問題,資源・エネルギー問題,都市・居住問題,地球環境問題などを理解する上でも,「地理的な見方・考え方」や地理的な知識・技能を活かすことが求められる。
これらのような地球規模の問題は,国や地域によって異なる現れ方をする。例えば,人口・食料問題といっても世界で一様に現れる問題ではなく,発展途上国では人口が急増して貧困が解消されず,食料不足が慢性化するのが問題なのに対し,先進国では少子・高齢化が進み,食品の大量廃棄や食べすぎによる肥満などが問題視される。増えるところと減るところ,足りないところと余るところが偏在し,そのギャップは埋まる方向ではなく,拡大する方向に進んでいる。そして,地球規模の問題は,相互に絡み合い,世界経済のしくみに左右されている。世界経済がグローバル化し1つになる一方,世界経済のシステムは不均等な経済発展の結果を出発点として,地域間格差を再生産する。不均等な経済発展や資源へのアクセスの良し悪しは,国際的・地域的な紛争の背景となり,競争によって大きくなってきた経済活動は,地球環境に大きな影響を与えてきた。経済規模に応じて環境への負荷は大きくなるが,その悪影響は負荷を与えたものに対してではなく,大気や海を介して世界全体に及ぶことになる。このような世界を理解するための切り口として,人口や産業がどこにあるか(位置や分布),世界経済がいかに世界全体を結びつけているか(空間的相互依存作用),地球規模の問題がいかに地域の特性に応じた形で出現しているか(場所,地域),食料や資源,環境問題において,これまでの人と自然の関係がどう築かれてきていて,それがどのように変質してきたのか,どのような弊害を生んでいるのか(人間と自然環境との相互依存関係)といった「地理的な見方・考え方」が有効である。
地球的な課題に直面して,国際社会は解決に向けた目標を定めてきた。現在,2030年を目標に取り組まれているのが持続可能な開発目標(SDGs)である。経済・社会・環境をめぐる広範な課題をまとめ,「貧困をなくそう」,「エネルギーをみんなに,そしてクリーンに」,「つくる責任,つかう責任」,「平和と公正をすべての人に」などの17の目標と,「極度の貧困をあらゆる場所で終わらせる」,「再生可能エネルギーの利用割合を大幅に拡大させる」,「気候変動対策を国別の政策,戦略及び計画に盛り込む」,「あらゆる場所で暴力及び暴力に関連する死亡率を大幅に減少させる」,「さまざまな経験や資源をもとにした効果的な国・自治体・企業・市民のパートナーシップを奨励・推進する」などの169のターゲット(達成目標)が定められている。17の目標は,それぞれピクトグラムとイメージカラーで表現され,バッジやステッカーとして利用され,多くの人が目にするようになっている。これまでの国際的な目標に比べ,よりいっそう目標のアピールに力が注がれている。17の目標は17色のリングで表現されるだけでなく,これらを集約し5つのPにまとめた広報もなされている。People(人間),Prosperity(豊かさ),Planet(地球),Peace(平和),Partnership(パートナーシップ)の5つのキーワードの頭文字をとって5つのPと呼ばれている。[図1]
People(人間)に関わる目標やターゲットは,すべての人の人権が尊重される社会の実現を目指すもので,貧困や飢餓を終わらせ,教育の機会を与え,衛生的で健康的な生活を保障する,ジェンダー平等を実現することなどが目指されている。
この目標と関連して学ぶべきこととして,例えば,そもそも貧困が世界全体でどのように広がっているのか,どこのどのような人が貧困状態に置かれているのかを知らなければならない。発展途上国における貧困がどのような仕組みで生じているのか,どのような対策が取られているのか,また,先進国においても貧困があるのならば,それはどのような仕組みでどこに生じているのか,途上国の貧困とは何が共通し何が違うのか,どのような対策が求められるのかなどを考えたい。人口問題や食料問題,持続可能な水の利用,健康・福祉問題,教育・ジェンダー問題など,世界で起きていることは一様ではなく,かなりの地域差がある。それぞれの「地域」の実情を踏まえた理解が必要だし,地域差を地域間格差として捉えるならば,その背景には世界の経済・社会システムが反映されていることは知っておきたい。そして,これは世界スケールでの「空間的相互依存作用」を意識するところから理解が始まる。
Prosperity(豊かさ)に関わるものとしては,持続可能な社会を目指す上で,経済的な裏付けがなければ実現性は担保されないし,人々の賛同が得られないため,産業や経済の在り方を目標にしている。そこでは,すべての人が豊かで充実した生活を送れるようにすることを前提に,クリーンなエネルギーを普及させること,経済成長を目指しつつ,人や国の間の不平等を解消すること,産業と技術革新の基盤をつくること,住み続けられるまちをつくることなどが目指されている。
国連のレベルで地球環境の保全に取り組むためのルールづくりを目指した最初は,1972年の「国連人間環境会議」で,その20年後の1992年に気候変動枠組み条約や生物多様性条約を生んだ「環境と開発に関する国連会議」,さらにその20年後の2012年に「国連持続可能な開発会議」へと,課題は引き継がれてきた。会議名の変遷を見ると,最初は「人間」と「環境」,次が「環境」と「開発」,その次が「開発」だけになり,会を重ねるごとに「開発」の在り方を重視するようになっていった。この後にSDGsを目標とした2015年の国連総会で,環境問題だけではなく,より総合的な観点からの持続可能な社会が目指されるようになった。このように持続可能な社会を目指す上で,すべての人が享受でき,地球環境への負荷を抑えた経済的な豊かさをいかに実現するのかは重要な課題になっており,概念的にはグリーン経済やグリーン成長が提唱されている。
地理的には資源・エネルギー問題や都市・居住問題がこのPとの関係が深い。資源は限りがあり,地球上で偏在して分布している。資源の有無は経済に直結し,途上国においては,持てる国と持たざる国の国力の差につながっている。資源がどこにあり,どのように産出されているか,そしてそれは貿易でどこに運ばれ,その土地のどのような産業を支えているかを理解することが大切である。「位置や分布」や「空間的相互依存作用」がまさに鍵となるのである。このPの中には,住み続けられるまちづくりも目標の1つとして掲げられている。都市や農村といった,地理ではおなじみの対象であり,都市問題への関心はかねてより高いといえよう。ここでは都市問題をそれぞれの「地域」の文脈で捉えることが必要であり,都市の中の特定の「場所」をめぐる意識や対応への理解も求められる。
Planet(地球)は地球環境問題の解決を目指すもので,持続可能な開発(Sustainable development)の概念を国際的な目標に最初に掲げた,環境と開発に関する国連会議(リオの地球サミット)からの課題を継承している。温暖化対策の具体化や,海や陸の環境を守り,生態系サービスの恩恵を将来にわたって受け続けられるようにすることが目指されている。
地球温暖化は,国や地域ごとの温室効果ガスの排出量の多寡に関わらず,地球全体に大きな影響を与え,温室効果ガスの排出量はわずかでも,国の存亡に関わる大きな影響を受けてしまう地域もある。これまでの温室効果ガスの排出量を考えれば先進国の責任は大きいが,現在の排出量を考えると中国やインドなどはとても多く,先進国だけが排出削減に努めても問題の解決に近づかない。しかし,影響は地球上のすべての地域に及んでしまい一刻の猶予も許されない。環境と開発に関する国連会議の「リオ宣言」に,「共通だが差異のある責任」という原則が謳われ,それに基づいて気候変動枠組み条約の京都議定書が結ばれたが,いろいろなほころびを示しながら現在のパリ協定につながっている。国際政治的ないろいろな思惑が絡み合い,またそれぞれの国・地域の国内事情を反映しながら,地球規模の温暖化対策は進められている。各地域のスタンスは,それぞれの地域の自然との関係(人間と自然環境との相互依存関係)によっても左右される。島嶼国,国土が低平地に広がっている国,石油資源を有する国,温暖化にともなう気象災害にさらされる国など,影響の深刻さや経済的な利害関係など地域ごとの差が大きい。これまでの項目と同様に「地域」の文脈から温暖化に対する態度を見ていくことが求められる。そして当然ながら経済面,国際政治面での「空間的相互依存作用」も温暖化問題を理解する上で重要である。
陸地の環境問題や海の環境問題,生物多様性と生物資源の問題も大きな問題である。生物多様性の喪失は,地球温暖化以上に危機的な状況にあるとの指摘もある(ロックストロームほかのPlanetary Boundary)[図2]。「地域」に応じた見方が必要であるとともに,この問題は近代地理学からの学問的関心事である「人間と自然環境との相互依存関係」そのものを問い直すことにもつながってくる。
Peace(平和)について,以上3つのPに掲げられた人間の権利や尊厳を守ること,誰もが豊かで充実した生活を送れるようにすること,地球の環境を守り資源を持続的に利用することも,世界が平和であって初めて目指せることである。持続可能な社会をつくるためには,平和と公正をすべての人が享受でき,社会に参加できることを目指さなければならない。
世界のどこでどのような紛争が起こっているのか,その背景には何があるのか,しばしば民族や宗教が対立の際にクローズアップされるが,民族とは何か,世界にはどのような民族があるのか,なぜ民族間で対立が起こるのだろうか,など地理の視点から学ぶことは多い。民族や宗教,文化の違い,資源の偏在性そのものが紛争を引き起こすわけではなく,ある特定の集団が,それらをめぐって支配的な立場や優越的な立場に立とうとするときに対立が生まれる。地域紛争は世界のいろいろな場所で生じており,時には広く世界を巻き込んで争いを拡大してしまう。世界的な問題でありながら,一方で「地域」的な側面を持ち,特に対立の解消に関わるには「地域」の理解や「地域」への配慮は欠かせない。また,地域の紛争が世界規模に拡大していく際には,世界スケールでの「空間的相互依存作用」に従って問題がつくられていくので,その理解も欠かせない。
Partnership(パートナーシップ)で強調されることは,SDGsはそれぞれの政府が努力するだけでは実現できない,政府や地方自治体,企業などの民間セクター,NPOや一人ひとりの市民など,多様な関係者が参加するグローバルなパートナーシップにより実現を目指すべきものであるということである。それを目標の最後にあげてある。
ここでもどの国とどの国がいかなる思惑で結びついているのかなど,「地理的な見方・考え方」に基づいた社会現象の理解が有効であるが,ここでは「学ぶ」「知る」にとどまるのではなく,自分に何ができるのか,どのような態度・行動をとればいいのかを学ぶことが大切である。