高校の生物を学ぶとどんなSDGsに貢献できるのだろうか?
愛知教育大学教授 大鹿聖公
昨今,自治体や企業を代表として,あちこちで取り上げられるようになったSDGs(持続可能な開発目標)。いろんな業種や分野で目標達成のための取り組みが行われています。SDGsの目標は,誰一人取り残されることのない地球環境や社会環境を目指すものであり,その中には,生き物に関わる目標やターゲットも多く含まれています。当然のことながら,「生物基礎」や「生物」を学習すれば,その目標に近づくことは間違いないはずです。しかしながら,そのことを強く意識して教えている先生,実感して学んでいる生徒はあまりいないと思われます。
では,生物を学ぶことはSDGs達成に向けて意義のないことでしょうか?そんなことは絶対ありません。いかなる生物の学習も表面上見えていないだけで,実はしっかりと関わっています。
ここでは,生物の学習を進める上で,SDGsへの道筋を見いだすような学習内容と,活用できる授業実践事例について紹介していきたいと思います。
「生物基礎」では,大きく以下の3つの学習単元を学びます。
・生物の特徴(生物の特徴,遺伝子とその働き)
・ヒトの体の調節(神経系と内分泌系による調節,免疫)
・生物の多様性と生態系(植生と遷移,生態系とその保全)
この項目を眺めただけでも,3の「すべての人に健康と福祉を」につながる免疫,14「海の豊かさを守ろう」や15「陸の豊かさを守ろう」につながる生態系を挙げることは容易です。
しかし,生物の教科書を読み,学習内容を理解できれば,生徒は目標を達成することができるのかといわれると,必ずしもそうではありません。
現在,どのような解決すべき地球環境に関する課題があり,それを解決するために,どのような学習理解が役立つのか,解決すべき環境問題は,どのような自然科学的な要因に原因があるのかなど,学習内容と環境問題とを連結,相関できるように配慮する必要があります。そのため,生物の授業を進める上での一工夫が必要です。ただ,教員が授業において,解決すべき課題を生徒に投げかければよいというものでもありません。課題の原因を事細かに伝えるだけでも,生徒の興味関心が高まるわけでもありません。
新課程の学習指導要領(平成30年告示)が示している方向性と同じく,生徒が解決すべき課題に自ら気づき,その課題を解決するために,どのような方法が考えられるのかについて,生徒自身が主体的に,いろんな人たちと対話し,協働しながら模索する そんな学習活動を提供することが必要になると思われます。
それでは,「生物基礎」の学習内容と絡めながら,具体的なSDGsへの展開例を示していきましょう。今回は,特に学習内容と強い関連の深い生物の多様性と生態系での具体例として示していきます。
なお,以下に示すSDGsに関連する教材については,すべて愛知教育大学理科教育講座大鹿研究室にて研究の一環として開発されたものを用いています。
外来植物は,どのように繁殖しているのだろうか?
『生物基礎』(生基710) p.202 B 人間による生物や物質の持ち込み
『新生物基礎』(生基711)p.156 5 人間活動による生物の持ち込み
現在,あちらこちらで外来植物が繁茂しています。道ばたや空き地に生えている植物には,多くの外来種が見られますが,意識して観察することは少ないです。もともとは在来種だけの環境に,どのように外来植物が入植して繁茂してきているか実感することなく,結果としての現状を知るのみです。
「生物基礎」では,森林の成り立ちである植生の遷移を学習します。荒れ地に乾燥に強い草本が入り,その後草原となり,陽樹が進入して,最終的に陰樹の森林へと遷移していくという学習が行われます。この植生の遷移と同じように,在来種の環境の中に外来植物が進入していく過程をモデル化した教材を作成してシミュレーションを行い,理解を深める授業が試みられています。
この授業では,それぞれの植物のモデルとして,発泡スチロールと木串を用いて身近な在来植物や外来植物の模型を作製したものを用いています。在来植物は緑色,外来植物は赤色のように色で判別できるように示し,また串の長さを変えることで実際の植物体の高さを表現するようにしています。また,花が特徴的なものは半球で,草本のものは三角柱で示しています(図1)。また,区画を示すボードとして発泡スチロールを碁盤の目(7×6マス)に区切ったものを用意します。
最初に,この区画に在来植物のみを好きなように配置しておきます。その状態が在来種のみの環境とします(図2)。別途用意したイベントカード(図3)を1枚ずつ引いていきます。この引く作業を定期的に行うことで時間の経過を表します。引いたイベントカードの指示に従って,在来植物を指定された外来植物の模型と置き換えたり,配置された在来植物を取り除いたりしていきます(図4)。
例えば,あるカードでは「人がオオキンケイギクを園芸用に植えた」とあり,外来種が導入される原因と結果が示されています。また別のカードでは,「ボランティアの人が外来植物を駆除した」とあり,外来植物を取り除くプロセスが示されています。この指示に従い,ボード上の植物の模型を取り替える活動を繰り返していく過程で,どのような原因により,外来植物が入ってくるのか,またその対策としてどのようなことが行われていくのかなどを理解することができます。また,この活動を通して,これからの身近な環境をどうしていくのがよいかを考えるきっかけにもなります。
この授業では,外来植物や在来種について考えるもので,主に「15陸の豊かさも守ろう」や「14海の豊かさを守ろう」につながる授業となります。ここで紹介したものでは,立体的な模型を作製して用いていますが,植物の写真カードを用いて行うことも可能です。教科書や図鑑の写真を複製して用いてもよいですし,地域に合わせて植物の種類を変えることなど応用することもできます。
外来植物は善か?悪か?
『生物基礎』(生基710) p.202 B 人間による生物や物質の持ち込み
『新生物基礎』(生基711)p.156 5 人間活動による生物の持ち込み
また,外来種を扱った授業としては,次のような実践事例もあります。
新しい学習指導要領では,生徒が育成すべき資質・能力の一つとして,思考力・判断力・表現力が求められています。外来植物については,一般的な調査結果において自然環境に及ぼす悪い影響のみのイメージを持っていることが多いです。しかしながら,現在の身の回りの環境には,悪い影響を及ぼす外来生物だけでなく,社会によい効果を与えているものや,社会に溶け込んでしまい,外来生物として理解されていないようなものもあります。そのような外来生物を,今後,どう扱っていくべきかを考え,生徒の意思決定を育成する授業実践です。
この授業では,外来生物の中から,普段,特に意識していない外来植物を取り上げています。そのような外来植物のいくつかについての情報カードを用意します。この情報カードには,その植物が人間生活に及ぼすよい効果や悪い影響などさまざまな立場での情報が記載されています。
授業に先立ってまず,生徒自身に外来植物は駆除すべきか,受け入れるべきかを次の4つの立場から一番近い個人的な考えを選択してもらいます(表1)。
A. 外来植物を入れることに賛成の立場 |
私は外来植物の対策や駆除する活動に反対です。人の手で他の地域から植物が入ってくることは今のグローバル社会では自然なことであり,仕方がないことだと思います。外来植物の恩恵を私たちは受けていることもあるので,駆除や対策に無駄なコストをかけなくていいと思います。 |
B. 恩恵のある外来植物は入れることに賛成の立場 |
私は普段の生活の中で外来植物である野菜を食べたり,花を買ったりするなど外来植物からの恩恵を受けているので,このような人間に恩恵を与えている外来植物は日本に入ってもいいと思います。それ以外の外来植物だけ対策や駆除をすればいいと思います。 |
C. 人間に害のある外来植物を入れることに反対の立場 |
私は人間の生活を脅かすような外来植物(影響の大きい外来植物)だけの対策・駆除をしていくべきだと思います。外来植物の中には経済,健康,文化など人の生活に影響を及ぼしているものもあります。こういった外来植物の持ち込みを禁止し,駆除も行うべきだと思います。 |
D. 全ての外来植物を入れることに反対の立場 |
私は外来植物が日本の生態系に影響を与えているので全ての外来植物を入れないようにし,今までに入ったものも駆除する必要があると思います。これまで影響を知らずに入れた外来植物が今になって日本の生態系へ影響を及ぼしていることがわかり問題になっています。一度入ると簡単には元に戻せないので初めから入れないことが大切だと思います。 |
表1 外来植物に関する4つの立場
この4つの立場に生徒をグループに分け,それぞれの立場ごとで情報カードを配布し,情報共有を行います(図5)。その後,それぞれ立場の異なる4人(A,B,C,D)でグループを再構成し,情報カードで入手した外来植物の情報について共有します。2回の話し合いが終了した後に,再度,外来植物の取り扱いについて,個人で選択する立場を検討してもらいます。授業のはじめと最後で,外来植物の取り扱いについて,多くの生徒の立場が変更になると思われます。ある学校の例では,はじめの段階でDの立場を表明する生徒が多かったものが,BやCに変わっていきました。
「生物基礎」でも具体的な外来生物の事例が紹介されてはいますが,一部の情報にとどまっていることが多く,善悪の判断は表面的な情報のみで行われていることが多いです。このような授業を行うことでより,多くの情報を収集し,それらを適宜,分析・解釈しながら,個人の判断(決断)を行うということを擬似的に体験することができます。この過程は,科学的な探究によるプロセスでも重要とされているものです。
高校の生物の科目ではなかなか実験や観察を行うことが難しい学習内容が多く,実際に生徒に思考させたり,データを分析・解釈させたりする機会は少ないです。そのような中で,この教材を用いることで,改めて外来生物について理解すると同時に,それらをどう扱うか,合理的に,また協働しながら意思決定することができれば,生徒の思考・判断・表現を高めることにつながると同時に,これからの自然環境に対して,在来生物や外来生物をどうすべきか考えるきっかけになると思われます。この授業では,外来植物や在来種について考えるため,主に「15陸の豊かさも守ろう」や「14海の豊かさを守ろう」につながる授業です。
バイオミミクリー(生物模倣)生態系サービス
『生物基礎』(生基710) p.212 F 生態系サービス
『新生物基礎』(生基711)p.164 8 生態系の保全とその意義
現在,生態系を保全する活動が全世界で行われています。また,生物多様性が失われつつある中,絶滅危惧種に対する各種対策などが行われています。
生態系を保全する意義として,生態系サービスというものが挙げられます。この生態系サービスを具体的な生物を通して学習する教材として,以下のような事例があります。
ご承知のように,地球上には多種多様な生物が存在しています。人間生活に密着している,大いに影響を与えている生物もいれば,何のために生きているかわからないような,そもそも存在すら気づかれていない生物もいます。いろいろな生物の形態や性質,特徴は,その生物が生きていくために,環境などにあわせて適応したり,進化したりしてきたものです。その中には,人間の生活などに役立つものもあります。そのような生物の特質を科学技術と関連させたものをバイオミミクリー(生物模倣)といい,生態系サービスの一つとして,また生物多様性を保全する意義として示されています。
ここで紹介する教材は,生物と科学技術に関する一連の写真カードです(図6)。1つの生物と1つの科学技術がセットになるものを複数用意します。右上図では,「ハス」と「ヨーグルトのふた」がセットになっています。ヨーグルトのふたの仕組みは,実はハスの葉の表面の特性を応用して開発されています。このように,さまざまな生物の形態や特質が科学技術による製品に役立つ事例を示すものです。この教材では,写真に示すようなイモリとテープの他にも,カワセミのくちばしは新幹線の車両の先端部分に,またフクロウの羽の形態は同じく新幹線のパンタグラフにと利用されているなど40組ほど準備してあります。授業では,これらを裏返した状態で,トランプの神経衰弱のようにして活動を行います。カードの番号と色が同じものを引いたら自分の手持ちにできるというルールです。
活動自体は神経衰弱であるため,ルールがわからないことはありません。セットになった生物と科学技術がどうして関連しているのか,カードに書かれた説明を読むことで,その生物の特徴や性質を理解することができるようになっています。このように,普段,気にすることのない生物が,いかに日常生活に応用されているか,活用されているかを気づかせることで生物多様性の重要性に生徒が気づいていくと思います。
この授業では,取り上げる生物とその活用事例にもよりますが,例えば新幹線への活用は,「9産業と技術革新の基盤」と関連します。また,注射器の針へのカの口器の構造(形態)の応用は,「3健康と福祉」に関連します。医薬品等創薬については,「14海の豊かさを守ろう」や「15陸の豊かさも守ろう」に関連するなど,さまざまな目標につなげていくことができます。生物の多様性が私たちの社会に幅広く利用・活用されていることに気づかせることが可能となります。
ここで紹介した以外にも,生物の中には,私たち人間の食料となる多くの作物や家畜がいます。「生物基礎」の範疇を超えますが,品種改良による植物の開発は,「2飢饉をゼロに」などにつながっています。生物を材料とする身近な製品によるリサイクル,例として,古米などを原料とする米由来のプラスチックなどは,「12つくる責任使う責任」にもつながる事項です。最近では,トウモロコシなどによるバイオエタノールの作製などは,「7エネルギーをクリーンに」にも関連しています。一見SDGsとは関係ないように見える生物の学習ですが,そもそも生物(人間を含む)について考える目標であるため,生物について学ぶ・考えることは,何らかの形でSDGsに強く関連しています。